真冬の澄んだ空気と晴天の東京。
寒い寒いと言いながらも、昼間の日なたはまだまだ温かい。
寒い時は、より寒い事を思い出すようにして、我慢を己に強いるのだ。
高校生の時、親友と二人で飯綱山にスキーに行き、夕方からドカ雪。
それでも楽しくて滑りまくっていると、気がつけばあれだけ人が居たにもかかわらず、すでに誰もいなくなっていてね。
バス停に行って時刻表を確認したら、わりといいタイミングでバスが来る予定だったんだよ。
しかし!この日、急に降り始めた大雪でバス到着が遅れ、真っ暗なバス停に二人で取り残される事2時間!
マジで死ぬかと思った!(苦笑)
あの時震えながら吸ったセブンスターの味は、いまだに忘れられねぇ(笑)
そして数年前の冬の軽井沢での仕事、八ヶ岳山麓での仕事の寒さが、飯綱山の思い出の寒さを更新している。
今は、軽井沢や八ヶ岳山麓での寒さを思えば、まだ余裕で耐えられるのだ。
厳しい出来事というのは、人生で良くある。
中でも、悲しみにうちひしがれたり、あまりのキツさに進むのをやめてしまおうか、という事もないではない。
が、俺は決して後戻りしない。
後戻りしてもいいとは思う。
だが、それは自分への試練、器量を大きくするための試練なのだ。
それに立ち向かわなければ成長はない。
耐えて耐えて耐え抜いたからこそ、
あの時やれたんだから、今やれないわけはない!
と、心の底から自分を鼓舞出来るし、差し出がましくも、他人様を鼓舞する事が出来るのだ。
簡単に逃げ道を教える、作ってしまう社会である。
はたしてそれでいいのかな?
世間に文句を言う、
会社に文句を言う、
親に文句を言う、
その前に、死ぬほど戦ってみたのか?
と、俺は問う。
ファインプレーなど要らないのだ。
そんなもの、狙って出来るものではない。
確実に、
出来る事をやり続ける。
これが、一時のファインプレーよりも、いかに難しい事かは、歳を重ねてようやくわかる。
だからね、毎朝眠さを封じ、同じような毎日を過ごし、皆勤賞もので労働している者こそ、MVPに値すると俺は思っている。
そういう事が当たり前にわかる人間の世にしていかねばならないよな。
俺が考えるのは、壮大な革命なんかじゃなく、日常生活における各々の自主独立。
国家の自主独立も同じである。
それはね、
ある意味アナーキズム、
ある意味、国家主義、
ある意味、民族主義、
にも通じる。
一見交わらないようで、深く探究すればするほど非常に近くなる。
俺はいつも、MCでぶち上げる!
「世の中を変える!」と。
それはシステムから離脱するという単純なものではない。
日常に起伏あれど、端から見たら、その起伏を感じさせぬ日常。
その日常に立脚した志
それをね、貫けば、他人様への嫉妬や、社会へのどうでもいいつぶやきのような不平を口にする暇さえないと思うんだよな。
耐えて生きる事の尊さ。
戦いながら生きる事の尊さ。
ギロチンテラーや弾き語りで貫く歌の姿勢はそこにある。
吹けよ、俠の風!
呼べよ、俠の嵐!
心に日本刀‼️
甦れ武士道‼️
〓Japanese Hardcore & Soul〓
GUILLOTINE TERROR
吼流魅KURUMI