娘と休みが合う日は、娘をドライブに誘う。
先日は霧ヶ峰に行き、ビーナスラインをドライブ。
涼しいわ、景色はいいわ、で最高のドライブとなった。
娘が行きたい!と言っている場所が2ヶ所ある。
1ヶ所は上高地、もう1ヶ所は阿智村。
上高地は昔、親父お袋弟に、俺とカミさん、娘と家族総出で行ったが、もう素晴らしかったね。
河童橋から明神池まで歩いたんだけど、時はGW。
近くに見える前穂高岳と、賑わう遊歩道。
明神池には座る場所さえない大盛況。
自然の中で見る人々の笑顔、笑い声が、自然をより素敵に感じさせてくれる。
あれだけの素晴らしい自然の中では、人間は笑顔になるよね。
コロナ禍が収束したら、真っ先に行きたい場所である!
長野県の阿智村。
星がよく見えるという事で、寝袋持参で星を見るイベントがあるらしい。
うちの長野の実家でも、星は綺麗に見えるけど、阿智村はそれ以上なんだろうな。
阿智村には一度行った事があってね。
ラッシャー君と、うちの社員Mと3人で満蒙開拓平和記念館に行ったんだ。
あまり語られないけど、大陸に残された開拓民は、終戦後も、中国人からは侵略者と罵られ、ソ連軍からは男は捕虜かなぶり殺され、女は強姦された。
決して忘れてはならない悲劇があったのだ。
長野県はたしか、満蒙開拓に一番多くの人を送り込んでいて、阿智村はその中でも、多くの開拓民を送り込んでいる。
その国策を推進すべく、長野県のある村(阿智村だったかな?)の村長が良かれと思い村民を満蒙に送り込んだ。
だが、終戦後も帰国出来ない事を知り、外務省などに通いすぐに邦人を救出するよう働きかけたが、外務省は知らぬ存ぜぬを繰り返すだけ。
自責の念にとらわれた村長は、自殺してしまうんだよね。
国が行けというから、満州に渡り、散々苦労させられた挙げ句、終戦後は帰国させる気がなかった外務省や国というのは、そりゃ酷すぎだぜ。
今朝の朝日新聞朝刊オピニオン欄。
その満蒙開拓平和記念館の館長のインタビューが載っている。
開拓団員2世の館長は開拓団は被害者でもあり、加害者でもあったと言う。
たしかに、満州に住んでいた中国人からすれば、そう見えただろう。
この開拓団の悲劇は、間違いなく後世に伝えなくてはならない悲劇であり、自国に見捨てられたような形で取り残されたというのは、許せるものではないのだ。
大陸に残された人々が帰国出来たのは、何年も経ってからである。
なぜ、同胞を見捨てた国に対しては強い怒りがある!
アフガニスタンから帰国したのは、日本人大使館スタッフだけ。
アフガニスタンスタッフは、タリバンの圧政、あるいはイスラム国のテロに怯えながら、日本に助けを求めている。
アフガニスタン人スタッフが希望すれば、一旦日本で引き取るのが筋ではないのか?
日本に定住はさせられなくとも、せめて目の前の命の危機からは守ってあげるのが、人道というものではないか?
その後、諸外国へ行きたい場合に、間を取り持つ義務があるんじゃないか、と思うのだ。
自衛隊機で救出出来るのは、あのアフガニスタンという国土の中で、首都カブールの空港にたどり着いた者だけという。
まさに俺はこのアフガニスタンの状況が、太平洋戦争後、ソ連が侵攻した満州と同じに思えてならない。
守ってくれるはずの関東軍は早々と逃げてしまい、取り残された民間人は、中国人の憎悪と、ソ連軍の暴力に陵辱される。
まさに、今、アフガニスタンで起きている事ではないか、と思うのだ。
日本人民間人は果たして取り残されていないのか?
ニュースを見てもはっきりした情報はわからん。
日本政府のために働いてくれたアフガニスタン人を助けるために、日本人スタッフは現地に残り、最後の一人まで面倒みなきゃいけないんじゃないのか?
現地に残れなければ、日本の軍事力がバックアップし、現地スタッフを守らなきゃいけないのではないか?
軍事力は張りぼてではない。
こんな時は実力行使もしなければ、そして海外で自衛隊員が犠牲になったらどうするのか?
早々に憲法を改正し、自衛隊の立ち位置を明確にしなければ、不透明な中で誰も責任をとらぬ、無責任な体制になるのではないか?
自衛隊を日本国軍へ。
日本国軍保持を憲法に明示し、人道を真っ当出来ない今の状況を変えていかなきゃいかん。
それが不透明な中、記録にさえ残らぬ真の弱者の犠牲をなくす事になるんだよ。
人道を言うなら、現実的な対応で必ず助ける国にしていかなきゃいけないよね。
吹けよ、俠の風!
呼べよ、俠の嵐!
心に日本刀‼️
甦れ武士道‼️
〓Japanese Hardcore & Soul〓
GUILLOTINE TERROR
吼流魅KURUMI