1月20日(月)【俺の独り言】
『無の境地 レコーディング1日目』
無の境地
とは、なんぞや?
小学生の6年間、掃除やらラジオ体操やらで地域の寺に行き、子供たちは座禅を組んだ。
いや、組まされた(苦笑)
本堂の畳の上で、ご本尊に向かい座禅を組み、目を閉じ、呼吸を深くし整える。
吸った息を腹の底に、吐くときはゆっくり。
心は無の境地に、と言われたが、朝早く起きてきたガキにとって、それは居眠りへの誘いでもあった(笑)
ガキが早起きして、畳に座り、目を閉じ、考え事をするな、と言われれば寝てしまうものだが(笑)、不思議と寝てしまう事はなかった。
座禅の後、尼僧の住職が仏教の故事を話してくれた。
無の境地
悟りを開く
何度も言われた事だが、ガキの俺にはわからなかったな。
しかし、歳を重ねるにつれ、
悟る事
無の境地に至る事
が何であるのか、ようやくわかるようになってきた。
迷いも、気負いもあるのが俗世間に生きる人間ならば当たり前。
相田みつを曰く
人間だもの
だが、そんな煩悩と欲望を突き進んで行くと、いつの間に無の境地に至る事を経験するようになった。
土曜日のチキンシャックでのライブ、
日曜日のBAZOOKA STUDIOでのレコーディング
これが不思議と無の境地に至っていた。
緊張と集中の果てにそれがあった。
もがいてもがいて、もがき抜いた先にそれがあったのだ。
俺は禅の本は好きで良く読むが、大人の嗜みとして禅寺で座禅を組んだ事は一度もないし、善人であろうと毎日を生きた記憶もない。
ただ、好きな事にひたすら向き合い、没頭し、気がつけば無の境地に居たという経験があるのだ。
昨日は気負いと気合いで作った歌を、無の心で歌う事が出来た。
もう、それだけで俺は嬉しかったね。
無とはこういうものなのか!
それがわかり、なお周りには同じ心境に至った仲間がいるなんて、それはスゲェ事なんだよな。
小学生の時、尼僧の住職に言われた
無の境地
もう亡くなっていないが、もし俺がいつかそちらで会った時には、
無の境地とはこんな心情になった事ですか?
と答え合わせをしてみたいものだ。
精根尽き果てるまで、己の持てる武器を使い死力を尽くす。
そんなレコーディングだったんだ。
吹けよ、俠の風!
呼べよ、俠の嵐!
心に日本刀‼
甦れ、武士道‼
〓Japanese Hardcore & Soul〓
GUILLOTINE TERROR
吼流魅KURUMI
仕事車エブリィで昨日のラフミックスを聞き直す。
収録曲8曲中、7曲の歌録りを終える事が出来た。
午前11時から夜9時過ぎまで。
疲れ果てるまで、集中力を維持したゆえ、一日のレコーディングを思いどおりに録り終える事が出来た喜び。
さて、レコーディング1日目のラフミックスをもとに、次回はトヨ&タツのリードギターレコーディング。
無の境地
これでいく。
吹けよ、俠の風!
呼べよ、俠の嵐!
心に日本刀‼
甦れ、武士道‼
〓Japanese Hardcore & Soul〓
GUILLOTINE TERROR
吼流魅KURUMI
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己の持っているものをすべてぶち込む。
レコーディングとは、俺にとってそんな感じのもの。
楽しむ余裕などない。
だが、それでいい。
楽しさ、愉快さなどを、はるかに超越した絶対的な境地。
メンバーとともに死力を尽くし、同じような心境に到達出来た事が何よりも嬉しい。

